大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1315号 判決

控訴人 永井安造

右訴訟代理人弁護士 田中豊次

被控訴人 松田商事株式会社

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金五〇万円およびこれに対する昭和三九年三月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

この判決は、第二、四項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

被控訴人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。

一、被控訴人は、別紙目録記載の為替手形一通(以下本件手形という)を所持している。

二、控訴人は右手形に引受をなした。

三、右手形のうち、振出人欄と受取人欄とはともに白地であったので、被控訴人は、自ら振出人として記名捺印しかつ受取人欄に自己の商号を補充のうえ、右手形を株式会社中国銀行に取立委任のため裏書譲渡し、同銀行はこれを株式会社三和銀行に取立委任のため裏書譲渡し、右三和銀行は、満期に支払場所において支払担当者に対し、右手形を呈示してその支払を求めたが、拒絶されたので、被控訴人に右手形を返還した。

四、なお被控訴人は、訴外有限会社弥生鉄工所(以下訴外会社という)代表者田中辰己より同訴外会社に対する金一五〇万円の貸金債権の支払のため本件手形ほか一通(金額五〇万円、満期昭和三九年三月一〇日、その他の記載は本件手形のそれと同一のものである)を受領したので、早速控訴人方に電話して控訴人の妻より本件手形等の引受の事実を確認し、更にその後二回に亘り書面(甲第二、三号証)を以て控訴人に対し満期日には必ず支払われるよう請求した。田中辰己は、本件手形がいわゆる商業手形であるというので、被控訴人においてこれを受領するに至ったものである。

五、よって控訴人に対し本件手形金五〇万円とこれに対する満期の翌日(昭和三九年二月二九日)から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

控訴人は、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、本訴請求原因事実のうち、控訴人が本件手形の引受をなしたとの事実は否認する。控訴人は、訴外中村某から融通手形を受取るため、訴外西納登を使者として同人に控訴人の印鑑を預けておいたが、西納は控訴人の意思に反して右印鑑を盗用して本件手形等を偽造したうえ、これを訴外会社代表者田中辰己に交付したものであるから、控訴人は、本件手形金の支払義務を負わない。

二、のみならず次の理由により、控訴人は、本件手形金の支払義務を負わない

(一)  本件手形の引受は、引受年月日の記載を欠く無効のものであるから、控訴人は、右手形金の支払義務がない。

(二)  本件手形の引受は偽造のものであるから、偽造の印影部分破棄のため、控訴人は偽造者西納登に対しては勿論、同人が偽造したことを知っている悪意の手形所持人たる被控訴人に対し右手形の返還請求権を有するので、被控訴人に対し右手形金支払債務を負わない。

(三)  本件手形は、右に述べたように西納登から訴外会社代表者田中辰己へ、同訴外会社から被控訴人に交付せられたものであるが、控訴人は、右訴外会社からも被控訴人からも手形金相当の対価の交付を受けていないから、本件手形金支払債務を負ういわれがない。

(四)  訴外会社代表者田中辰己は、前記西納登から金融を頼まれて右手形の交付を受けながら、その対価の交付をなしていない。このことは、右田中辰己に質せば容易に知りうべきであるのにこれをなさなかった被控訴人にはこの点につき故意過失があり、従って、控訴人は悪意の手形取得者たる被控訴人に対し右の融通手形の抗弁を以て対抗することができる。かりにそうでないとしても、金融業者として手形法の規定を知悉している被控訴人が、手形法所定の流通方法をとらないで直接の後者(振出人)となっている以上、控訴人は被控訴人に対して右融通手形の抗弁を以て対抗できるから、いずれにしても、控訴人が被控訴人に対して本件手形金の支払義務を負担すべき筋合は存しない。

(五)  本件手形は、被控訴人がその取立をしたときは、その取立金を以て、訴外会社に対して有する貸金債権金一五〇万円の内入弁済に充当するとの約束に基き、右訴外会社から被控訴人に交付譲渡せられたものであり、それは、明らかに被控訴人の名において取立訴訟をなさしめることを企図しているものというべく、訴訟行為を主たる目的とする権利譲渡行為であって、信託法第一一条に反した無効のものであるというべく、即ち被控訴人は本件手形の正当な所持人ということができないので、控訴人は被控訴人に対し本件手形金の支払義務を負うものではない。

三、よって、被控訴人の本訴請求は失当である。」

被控訴人は、控訴人の抗弁に対し次のとおり答弁した。

一、控訴人主張の抗弁事実はすべて否認する。

二、訴外会社或はその代表者田中辰己は、ともに当時手形の不渡を出していたから、これらの名称を手形面に記載するときは、手形の信用が落ち他日銀行にて割引を受けることを困難にするため、被控訴人が本件手形の振出人となったものに過ぎない。

三、なおまた、被控訴人は、既存の貸金債務の内入弁済として右手形を受領したもので、この手形の授受に際し新たに金銭の貸付をしたものではなかったのである。この点からも右有限会社等の氏名を手形面に登載しておく必要はなかったわけである。〈以下省略〉。

理由

一、1 被控訴人が本件手形を所持することは、甲第一号証の記載自体およびその顕出(提示)により明白であり、また弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一号証(引受欄をのぞく)と原審および当審証人田中辰己の証言を綜合すると、被控訴人は訴外会社代表者田中辰己から振出人欄と受取人欄とが白地の本件手形の交付を受けたのち、自ら振出人として記名捺印しかつ受取人欄にも自己の商号を補充したうえ、右手形を株式会社中国銀行に対し取立委任のため裏書譲渡し、同銀行はこれを株式会社三和銀行に対し取立委任のため裏書譲渡し、三和銀行は満期の翌日たる昭和三九年二月二九日支払場所において支払担当者に対し右手形を呈示してその支払を求めたが、支払われなかったので、その頃被控訴人に同手形を返還したことが認められ、これに反する証拠はない。

2 控訴人の所持する印章の押捺により顕出せられた印影であることについて当事者間に争いがないことによって、文書の真正なる成立が推定せられる甲第一号証(引受欄のみ)によると、特段の事情が認められないかぎり、控訴人は本件手形の引受をなしたものと推認することができる。

控訴人は、本件手形の引受が訴外西納登の偽造にかかるものであると抗争しているが、これにそう当審証人仲村弥八の証言は推測の域を脱しない全く瞹昧な供述としてにわかに措信することができず、他に右偽造の事実を認めるに足りる証拠は発見できない。そして、他に前記推認を覆えすに足りる特段の事情につき何らの主張立証も存しないところである。

却って、控訴人は、本件手形の満期日前、被控訴人から控訴人発行にかかる手形を所持しているから、不渡にしないで決済してほしい旨記載ある(書面甲第二、三号証)を受領していながら、被控訴人に対し何らの回答もしていないことは当事者間に争いがないところであって、かような事実からしても、控訴人が本件手形の引受をなした事実を推察するにかたくはないものというべきである。

二、右認定事実によると、控訴人の抗弁が認められないかぎり、控訴人は本件手形の引受人として被控訴人に対し本件手形金五〇万円とこれに対する呈示の日の翌日たる昭和三九年三月一日から完済まで年六分の割合による商事遅延損害金の支払義務あるものというべきである(なお、満期に呈示されたことを前提とし、その翌日たる同年二月二九日以降損害金の支払義務ありと做す被控訴人の主張は失当である)。

三、ところで、控訴人はその答弁および抗弁の第二項(一)ないし(五)記載のとおりの抗弁を主張しているから、以下右の各抗弁の当否につき順次判断する。

1  右(一)の抗弁について、

本件手形のように確定日払の為替手形の引受については、引受をなした日附の記載がその有効要件とされていないことは、手形法第二五条第一項、第二項の規定に徴して明白なところであるから、本件手形の引受がその日附の記載を欠く無効のものであるとする右(一)の抗弁は、この点において既に理由がないものというべきである。

2  右(二)の抗弁について。

本件手形の引受が偽造のものでないことは前判示のとおりであるから、右引受が西納登の偽造にかかるものであることを前提とする右(二)の抗弁もまた爾余の点の判断をするまでもなく、理由のないところである。

3  右(三)および(四)の抗弁について、

一般に、為替手形の振出人と引受人(支払人)とは、手形発行につき資金関係ある直接の当事者とみなされるから、この両者間に相当対価の交付その他の資金関係の欠如しているときは、引受人は右資金関係の欠如を以て手形金支払を拒む有効な抗弁事由となしうることは当然というべきである。しかしながら、他方、引受欄の記載が存する振出人欄、受取人欄とも白地の為替手形の最初の所持人が、その儘の状態で“第三者”にこれを交付により譲渡し、更にその第三者がその後者に対してこれを交付により譲渡し、その後者(或はその者より交付により譲渡を受けた後者等)により右白地部分の補充せられる場合があり、かかる交付による譲渡(並びに白地部分の補充)が有効であることは、少しも異論のないところである。そして、かような場合における手形法律関係も通常の振出または裏書による譲渡におけるそれと全く同一のものであって、即ち格別の事情の認められないかぎり、引受人と手形取引関係並びに資金関係をもつべき相手方は、引受人と資金契約をなした最初の手形所持人に限られ、その他の者即ち前記の“第三者”やこの者以降更に交付により譲渡を受けた後者(振出人欄に自己の氏名が補充せられている者を含む、以下単に後者という)と引受人とは何らの手形取引関係および資金関係に立つことがないのみならず、この両者間には手形法第一七条の適用により人的抗弁が遮断される関係にあるものと解するのが相当であるから(最高裁判所昭和三四年八月一八日言渡民集一三巻一、二七五頁参照)、引受人は、この第三者およびその後者との間に直接の資金関係の存しないことを以てこれらの者に対し手形金支払拒絶のための人的抗弁の主張をなしえないことは勿論、直接の資金関係に立つ最初の手形所持人との間に資金関係が欠如していた場合においても、これを以て直ちに悪意でない右の“第三者”等に対し手形金の支払を拒絶する事由となしえないものというべきである。なお、このことは、手形所持人が金融業者であると否とにより、少しの消長を来たすものでないこと、これまた当然というべきである。

これを本件についてみるに、当審および原審証人田中辰己の証言並びに弁論の全趣旨によると、訴外西納登は振出人欄受取人欄白地の本件手形を訴外会社即ち有限会社弥生鉄工所代表者田中辰己に対し交付により譲渡して右手形金額相当の金融を受けたこと、訴外会社はかねてより被控訴人から金一五〇万円相当の融資を受けていたから、その借金返済のため右手形を交付により譲渡したことが認められ(これに反する証拠はない)、そうすると、他に格段の事実の立証のない本件においては、本件手形の引受人と直接資金関係に立つ最初の手形所持人は西納登(前者の存するときはその前者)であって、右訴外会社および被控訴人はその後の交付による手形譲受人に過ぎないものというべきである。なおまた、被控訴人が本件手形の悪意の取得者であることはなんら立証のないところである。

以上説示のとおりであるから、他に格別の事情につき主張立証のない本件においては、控訴人の資金関係の欠如或は人的抗弁の対抗しうべきことを前提とする前記(三)および(四)の抗弁もまた爾余の点の判断をするまでもなく理由がないものというべきである。

4  右(五)の抗弁について。

本件手形が訴外会社から被控訴人に対し貸金債務支払のため交付により譲渡せられたものであることは前判示のとおりであり、従って、格別の事情の認められない本件においては、被控訴人は本件手形の正当な所持人であるというべきところ、被控訴人が訴外会社より訴訟信託をうけたと認むべき証拠は存しないから、控訴人の右(五)の抗弁も認めることはできない。

結局、控訴人主張の抗弁は、すべて認めることができない。〈以下省略〉。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例